コラム

コラム 親ガチャ論から損切り思考を学ぶ

少し前に親ガチャなる言葉が物議を醸しました。これは西ならショーペンハウアー、東ならウパニシャッドに代表される反出生主義と同じ論争です。今に始まった思想ではないです。親ガチャの論点は取捨選択余地のない状況への向き合い方についてでした。これはトレーダー思考に於いての損切りとの向き合い方にも通ずるものがあったので考察してみます。この記事が相場においての抗えなさと対峙する思考法の一助になれば幸いです。

まず私には親ガチャなる言葉が方便に思えます。因みに私の生い立ちは決して親ガチャ的には優位性がありません。どちらかというと複雑な環境側ですので、確かに生まれ落ちた家庭環境で人生の難易度が変わるというのはよく分かります。そんな境遇の私ですが親ガチャ論は方便に過ぎないと感じます。そもそもですよ、人生に抗えない領域があるのを嘆き出したら、あらゆるランダム性を受け入れることは不可能ではありませんか。もし学生時代のクラスメイトに恵まれなかったとしたらクラスメイトガチャ、生まれてきた性別が不本意だとしたら性別ガチャ、理想的な見た目に生まれてこなければルックスガチャ、本当は別の国に生まれたかったのなら国籍ガチャ、本当は別の時代に生まれたかったのなら時代ガチャ。これはキリがないです。

FX は損切を決行できさえすれば、大きく流れが変わります

そもそも平等とはあくまで理想論でしかなく、我々は不均衡や歪さの中に生きています。我々はたまたま自然発生した生物の一匹に過ぎません。結果や環境が自分の望むものではなかったとしても、それを嘆いて何になるのかと。これはトレーディングも言えたことです。そうではなく与えられた諸条件を活かす方向で未来に向かっていくのです。もし損切できずに全損したのであれば、それは現実との向き合い方を間違えているのです。一晩寝て再度立ち上がるトレーダーもいれば、ここで志を絶ってしまうトレーダーもいることでしょう。

相場にあなたの意思は通じないし、あなたの都合など誰一人とて考慮することはありません。

大きな含み損に直面して、お願いします.. 戻ってきてください。などと祈っても100%無力です。

正しい祈りの在り方とは、全力を尽くした後に訪れる清々しさや潔さといった心境です。

困った時にお祈りをしてしまうメンタリティとは、既に冷静さを欠いている状態であると自覚しましょう。そんな時はコップ一杯の冷水でも飲みましょう。そして冷静さを取り戻すのです。 マーケットは冷徹であり無情と云われますが、そもそもこの世界はそんなものです。世界はあなた1人を特別に尊い存在としてなどと扱っていません。共に同じ時間を生きているだけです。つまり世界や環境に個人が抗ったとて意味がありません。トレーダー志願者を突き放す訳ではなく、あくまで冷徹さを受け入れてマーケットと対峙する以外ないということをお伝えしたいのです。FX は損切を決行できさえすれば、大きく流れが変わります。損切りをするのが怖い、悔しい、できない。ではなく、損切りをしないなんて怖すぎる。という思考に変化させる必要があります。そして、あくまで自分のコントロールできる領域のみで取捨選択を繰り返して生きていくだけです。マーケットは不特定多数の人間の思惑の総意によって生じる現象です。現象や物理法則に1人の人間が抗ったとて太刀打ちできません。どれだけ辛い負け方や人生が辛い境遇だとしてもそれを受け入れていくしかないのです。

言い訳とは自己否定感からの逃避

ドルが変な上がり方をしたから負けたんだ。大統領のTwitterのせいだ。相場が難し過ぎた。オレは悪くない。ではなく、読めなかった事実を受け入れて、勉強しまくるしかありません。私の友人関係にもやらない理由を方便として掲げるタイプの人がいました。おそらく常に自分が正しいと思い込みたいようです。そうやって自己否定に直面せざるを得ない状況を回避しているのです。ああ、また交わしているつもりだな。と滑稽に映る時もあります。現状のプライドを保つことはできるかも知れませんが、そのスタンスでは前進も成長もありません。もしプライドを保ちたいのであればまず負けや失敗を受け入れ、絶対に良い結果を出してやる!という方向に切り替えるしかないでしょう。良い結果を出すことでしか本質的に自尊心を高めることはできないのですから。

ことテクニカル分析を軸とする裁量トレーダーを志すのであれば、その渦中における失敗など通過儀礼に過ぎません。一度も負けたことがないトレーダーはいません。そして裁量トレーダーが負ける要因はたったひとつです。結局環境認識レベルの低さです。自身にトレードセンスがあるのかないのか、で言えば、元からセンスがある人間などいないです。相場がどちらかに大きく動く局面とは、市場参加者の多数決の結果、こちらに進みますわ。という総意結果です。

大多数の人が上だ下だと判断するサインや基準を掴むようにしましょう。真面目に分析をして、環境認識力を高めさえすればいいのです。チャートには大多数の人がそう判断を下すだけの題材やサインが見つかるものです。繰り返しますね。大多数の人がそう判断するだけの根拠がチャートに現れているからこそ、チャートが大きく動くことになる。(=大多数が損切りを入れている箇所を巻き込み、更に大きく動く)。マーケットは思惑の集積なのだからこそ、あてもなくランダムに動いている訳がないでしょう。

トレードで負ける理由は環境認識力の低さとどれだけ分析しても分からない不確定要素。
トレードで大きく負ける理由は損切ができずに、マーケットという現象に抗おうとするから。なので親ガチャ論においても損切りできないトレードにおいても、どこか抗えないものへの対峙方法がよろしくないのではないかと感じます。

常にトレードに於いて全てを予測することは不可能ですので、万全を尽くしたらあとは挑むのみ。もし予測が外れたのであれば直ぐにフォームを切り返す。その際、自己否定に伴う痛みを伴うのは仕方がないです。事前に予測が外れた場合を想定し、こう来たらこう返す!という何パターンかの想定をしておくのです。感覚的には将棋やチェスの3手先くらいを読む程度のことですので、慣れればできます。

今でこそ簡単に言えてしまいますが、私はトレードを始めてから3年経過するまでは、上手い損切ができませんでした。強制ロスカット経験がある時点で、私は世界で1番損切りができないトレーダーの一人でした。そこから徐々に最高のタイミングで損切りができるようになっていきました。なので大敗の痛みは重々承知です。

トレードに於いても人生に於いても環境や現象というスケールに抗っても仕方ない。受け入れるしかないのです。親ガチャ論然り、この世界は全て確率論であると捉えることができます。であればやることはただひとつです。分析と考察を持ってして確率が高い方を選択していくことで進みたい方向に邁進するしかありません。テクニカルトレードの本質はここにあります。そんな理を踏まえてトレードも人生も謳歌していきましょう。あなたの損切の痛みは一過性のものです。一緒に頑張りましょう。